(中略)
山口 確かに困難はいろいろとあるのですけれども、田島さん
の書かれたこの本を私は単なる小説としては読めないですね。
いろいろなケースというか、事例や事件が出てきますよね。争議を
する人にとってのマニュアルというかバイブルというか、そういう
感じを受けています。だから言い方は誤解のないようにですが、小説
にしてしまったら所詮作り話だろうみたいな捉え方をされるともったいない
と思います。何割が実話などということは考えずに読みましたけれども、
内容は全部、争議の参考になると思います。争議が起こるとどういう問題が
起きてどうなのか、是非とも多くの人に読んでもらいたいと思いました。
田島 温かいお言葉、ありがとうございます。
作品は、ほぼ同時進行で書かせていただいたのですが、いすゞのたたかい
というのは世間によく知られていますので、そこからの大きな逸脱は簡単
にはできません。小説の本来のあり方からしますと、とにかくいすゞに限定
しない形で大きく広げてどんどん虚構の世界をつくって書いていくという
方法も考えられたのですけれども。ただ私は、いすゞ自動車の争議という
はっきりした舞台をすえて、そこでたたかう人たちと一緒に歩みながら
書いていくという選択をしました。ですから、これは作品の長所と言える
かもしれませんが、同時に短所にもなりまして、結局、取材に引きずられて
自由に筆をふるえないという制約はやはりあったのです。
ただ、いまお話にありました山路由香里という女性ですが、これはいすゞ
にはいなかった人でして、日産自動車の本社を相手に裁判を起こして
たたかっていた方をヒントに、こういう人がいすゞにいてもおかしくない
という構想のもとにつくりあげたのです。
ですから由香里については、モデルがまったくいないわけではないので
すけれども、清掃の現場で昔の彼と会うといったぐあいに、実際にいろいろ
取材する中で、別なところのケースですけれども、それに近い話を聞いた
ことがありまして、小説書きの想像力を働かせつくっていったわけです。
そういう意味では、事実と創造のはざまで八年間、絶えず苦しんだ
というのはありました。(続く)