「時の行路」映画 製作・上映推進会議のブログ

このブログは、田島一さんの小説『時の行路』映画製作・上映推進会議の事務局からの情報をお届けします。すべての労働者が人間としての誇りと希望の持てる働き方ができる社会をつくるために、一人ひとりがプロデューサーとして参加していただき、多くの人たちの力で映画化を実現させましょう。

「対談 現代の争議生活者を語る」より

民主文学3月号を買って読んでいただきたいと思います。が、少し長く

なりますが、私が特に「伝えたい」と思ったところを紹介したいと思います。

《政権や財界におもねる日本のメデイア》

田島 山口さんは、「新聞やテレビは社会の公器?」と最後に疑問符

をつけて述べられていますが、私も本当にそう思います。財界や政権に

おもねって、「社会の公器」がスポンサーの力により「会社の公器」に

変質させられていると指摘されていますけれども、このことは一連の

「非正規切り」の争議の場合にもあてはまると思いました。

 たとえば、2008年末に首を切られたいすゞの組合の委員長の松本さん

という方なんかは、当初、新聞やテレビの取材で追いかけられ、悲鳴を

あげるほどでした。あのころ「朝日新聞」なども偽装請負のキャンペーン

を一生懸命やっておりまして「非正規切り」は悪だということが日本全体

の世論として構築されていったと思うのです。そうした流れが「年越し

派遣村」の誕生にもつながっていきました。ですから当時の世論をバックに、

報道は一生懸命やっていたのです。いすゞの人たちは、テレビにも

しょっちゅう出ていましたし、ある意味、時代の英雄でもあったのですね。

 ところがある時期を境に、記者さんたちは潮が引いたように寄り付かなく

なるわけです。非正規雇用労働者の実態は、より深刻になっているのに

記事に書かれなくなってくるんですね。ただこれは、記者さんの怠慢という

ことではなくて、裏話で聞きましたけれども、いくら書いてもボツにされる

のだということだったそうです。そういうところが、明らかに圧力と結び

ついていると思うのですけれども、権力に屈していったといいますか、

日本のメデイアの脆弱さを示す典型的な展開だったのではないかと私は

思っています。JALの場合、そのへんはどうでしたでしょう。(続く)